このサイトの全ての文章の無断転載を禁じます!!

オッパイ星人

松島永子・仮名

2001年5月16日(水)産経新聞静岡版”学びと教えの現場から”掲載

オッパイ星人

「危ないでしょ!」
 昼休みが始まった直後。廊下を全力疾走してきた子供にぶつかりそうになり、私は思わず大きな声を出した。やんちゃ坊主は、私の突き出たおなかをジロリとにらんだ。そして視線を大きくなった胸のあたりに移すとこう叫んだ。
「うるさい。このオッパイ星人!」
 …うーむ。オッパイ星人か。私は宇宙人じゃないぞ。でもうまいこと言うなぁ…。

 妊娠したことがわかったときから、女教師は「産休教師」への変身を始める。同僚にも、子供たちにも言わない時期から、結構いろいろ悩みは多い。
 妊娠三ヶ月から四ヶ月頃。まずは「つわり」との闘いがある。
 給食室からのにおいがたまらない。気持ちが悪くて吐きそうになることもしばしばだ。休み時間ごとに職員室へ戻ってはうがいをしたり、持参した麦茶を飲んだりしてなんとかしのぐ。
 給食時間になる。ほかほかごはんも「うっ」とくる。でも子供たちの手前、なんとか押しこむようにして口に入れる。どうしても食べられない日は
「先生ちょっとおなかの調子悪くて食べられないよ。」などと、下手なうそもついた。

 つわりだけではない。妊娠初期は流産の可能性もあり、無理はできない。
 体育の授業。つい先日まで子供たちの先頭に立って走っていたのに、妊娠、とわかるとそれも躊躇する。跳び箱の補助、マット運動の補助、どれも妊娠初期の頃は申し
訳ないがパスだ。
「先生、なんで今日はマットやらないの?」
「うん。この前みんな上手だったから、マットはしばらくお休みね。今日はドッジボールにしようよ。」苦しい言い訳を考え、なんとか他の種目に切りかえる。立って笛を吹いているばかりの「体育」がしばらく続く。
 五ヶ月を過ぎ、安定期に入るとつわりも治まり気分もよくなる。今までの分を取り返すかのように、体育もできる範囲で子供と一緒に動いた。
 今度は洋服が困りものだ。胸が大きくなる。ブラジャーをしていても目立つほどだ。ウエストもどんどん大きくなり、今までのスカートやズボンがはけない。幸い小学校では「ジャージ」という強い味方がある。体育の授業があろうがなかろうが、朝から晩までジャージで過ごす。ファッションも何もあったものではない。

 クラスの子供たちに妊娠していることを告げると、とたんに「うっそーー」の叫び声があがった。視線が一気におなかのあたりに集中するのも無理はない。
 「先生、その本重いよ。俺が持ってやるよ。」
「そんな高いところの掃除はやっちゃいけないんだってよ。いいよ私やるから。」
 翌日からの子供たちの気の使い方は、四年生とは思えないほどだった。
 そのうち私のおなかに手を当ててみることが流行した。胎動を感じ「あっ動いてる。」と喜ぶ顔。「みんなこうやってお母さんのおなかの中で動いてたんだよ。」
 妊娠中しかできない「生きた性教育」だろうか。

 産休に入る日がやってきた。全校児童の前で挨拶をする。
「先生は、八月に赤ちゃんが産まれる予定なので、今日からしばらく学校をお休みします……。」
 最前列で、「そうだったのか。」と目を真ん丸くしていたのは、「オッパイ星人
!」と叫んだあのやんちゃ坊主くんだった。

(松島永子・仮名)

<戻る>

[PR]湘南美容外科で働きませんか?:全国19院。医師、看護師ほか募集中